<< 2011年02月
123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28

経済と政治の関係について

2011/02/22 04:46

 

 前回、18世紀段階での経済の発展に対応した政治のあり方について二つに分けてみましたが、英米系の方の流れを書いていこうと思います。

 

 それまで思想の世界では経済活動に対して否定的な議論がされていましたが、18世紀に入ると市場経済の発展が顕著なため、人々の経済活動(=私的利益の追求)に対応した議論がなされました。マンデヴィルが『蜂の寓話――私悪すなわち公益』で人々の私的な利益を追求する行動が結果として一つの形に纏まっていき社会全体の利益になっていると主張し、その流れに乗っかって古典的自由主義が登場します。

 

 さて、マンデヴィルに続く形で哲学者ヒュームの主張が出てきます。ヒュームは、理性が不完全であるという立場をとりますが、人は自分の利益になるから社会のルールに従うと分析してます。収入があって普通に生活できていれば、社会契約を結ばなくてもその体制を支持する形です。ここで言うルールとは、言葉や慣習、文化といった歴史の中で形成されたもので、「日本で育って周りが日本語で話してるので、自然と日本語が身に付いて普段から使ってる」といった社会の中で生きる人間を前提にしています。この流れでバークはヒュームの影響を受け、歴史的に形成された具体的な権利があるとしています。

 

 ただ、ヒュームの「収入があって生活できていれば体制を肯定する」は市場経済において格差が拡大する中で、貧しい人(=損してる人)がなぜその体制を肯定できるのか問題があり、マルクスはプロレタリアートは搾取されていて貧しい状態で革命を起こすとしています。しかし、英米の場合はスミスが登場します。スミスは格差は拡大しても、社会全体で所得が増え、それは貧しい人でも同様である(=自分の利益になってる)からその社会体制の中で生活することを肯定できるとしています。そして、その為の政治のあり方として、「小さな政府」「市場経済の尊重」が必要であり、故に「自由放任主義」といわれます。しかし、国防や教育といったものは政府の役割として認めています。後、経済発展を支えるインフラ整備。自由放任といわれますが、介入も認めてます。民間で出来ないような道路の整備ですね。それから司法権も。

 

 以上、マディソンまでの流れになります。時間が凄いことになっているのもありますが、前回話の入り口として名前を出しているので、次回まるまる一回を使って書こうと思います

カテゴリ: 政治も    フォルダ: 政治・経済

コメント(0)  |  トラックバック(0)

二つの共和国

2011/02/09 22:05

 

共和国、共和政という言葉がありますが、これは民主主義の一つの形と言って良いと思ってます。しかし、思想の世界を見てみると「共和国」と表現しているものの、その内容は違っていることがあります。タイトルの通り、大まかに二つあると考えられ、英米型と大陸型に分けられると思います。英米と大陸という風に分けたのは、法学のような他の分野で二つに分ける時に使われているからです。
 

実際にどういったものなのか。英米型はアメリカ、大陸型はフランスとなりますが、それぞれ18世紀に建国(独立革命とも言いますね)と革命によって新たな体制が作られています。その時の思想的背景となったのは前者では『ザ・フェデラリスト』のマディソンであり、後者ではルソーですが、以下、それぞれ纏めます。

 

マディソン
連邦制=中央政府+地方政府、厳格な三権分立、間接民主制、小さな政府

 

ルソー
「主権は分割できない」の通り国が一つの行政区分、立法権優位、直接民主制、大きな政府

 

上下で順番を対応させてます。アメリカは上記のように建国され、フランスの場合は革命のために他国から介入され、シェイエスが憲法制定権力とか言いだして憲法制定以後は間接民主制という形になります。つまり、ルソーを理論的支柱としたものの、革命後の体制はマディソン的な面をもつ形となったということで、理想を実現しようとしたら現実と妥協する羽目になったとも言えるでしょう。

 

多少話が逸れているので戻しますが、こうした違いは18世紀という時期に原因があります。日本では米を基盤とした財政の仕組みと経済に於ける米以外の成長という制度と実情の違いから財政難に陥り、藩政改革へと繋がっていきますが、西洋の場合は市場経済の発展に対応した政治のあり方についての議論がありました。その過程での、それぞれの解答と言えると思いますが、次回以降、どういった流れの中で上記二つの主張が表れたのか見ていきたいと思います。

カテゴリ: 政治も    フォルダ: 政治・経済

コメント(0)  |  トラックバック(0)

明けましておめでとうございます。

2011/01/01 23:54

 

明けましておめでとうございます。

 

本年も宜しくお願い申し上げます。

 

日付が変わりそうな時間ですが、この点はご勘弁下さい。

 

何か書こうという士気がかなり低下しておりまして、昨年はブログを始めた2009年に比べてエントリの数も少なくなってます。

 

幾つかネタもあるんですが、結論が出ないまま途中で止まっている状態だったりします。知識量と思考力の不足を感じている所で、この辺を幾分か解決するのが今年の課題ということになりますかね。

 

試験が終わった辺りから、更新を再開しようと思ってます。(こうやって書いておいて、更新しなかったらただの嘘つきになっちゃいますから、予防策として・・・)

 

それでは。

カテゴリ: 政治も    フォルダ: 指定なし

コメント(0)  |  トラックバック(0)

夫婦別姓について

2010/07/18 12:39

 

夫婦別姓に関して歴史が話題になっているので対抗して書きます(笑)

 

氏は男系の一族で、姓は古代に定められた世襲職業集団といったところでしょうか。律令編纂の段階で部民を含めて編成されるように変化してます。元々は5~6世紀に王権の支配下で貢納奉仕していた集団や地域首長でしたよね。

 

律令の段階で氏姓制度は政治システムの一部として組み込まれてます。その中で既存の氏から新たなものが出てくる例もあります。中臣鎌足は藤原鎌足になりましたが、朝臣の姓も与えられました。ここで注意しなければならないのは、中臣鎌足の子孫のみが藤原の氏を名乗れ、他の中臣氏はそのままだったということです。ま、姓は元々仕事内容に関係していたものの、形容詞的な意味合いにまで変化して行きましたが。

 

さて、氏が拡大するとその中でも色々な名乗り方があるようになります。土地と関係して名乗るようになった「名字」。「名字」がある中で好き勝手に名乗れる「苗字」といったものです。

 

で、明治の段階で上記の「氏、姓、名字、苗字」全てを統一したわけですが、この時に「苗字」の意味になってるんですね。ですから、男系は伝統だと言えても、苗字を別々に名乗るのが伝統に反するかと言えば、そうではないんですね。このように変化してきた中で、変化そのものを否定することこそ、歴史を否定することだと思うんですが、皆様如何お考えでしょうか。

 

以下、オマケ。
名乗り方の例

源 朝臣 足利 治部太夫 又太郎 尊氏

正一位 関白太政大臣 豊臣 朝臣 羽柴 秀吉

 

杉原寧々の例
氏は男系なので、杉原寧々は名乗れる。
養子先が浅野家だったので浅野寧々も名乗れる。
嫁ぎ先が木下(羽柴)なので木下(羽柴)寧々も名乗れる。ただし、結婚したので浅野寧々は名乗れなくなった。
また、豊臣は羽柴が帝より賜った氏なので、杉原氏の寧々は豊臣を名乗れない。

 

7月18日付訂正

秀吉は豊臣氏を名乗るようになる前は藤原氏だった。寧々の場合は結婚しても藤原にはならず、杉原氏のまま。ただし、「豊臣吉子」として豊臣を下賜されたので豊臣寧々は問題ない。

 

レポート書かないといけないのに、何書いてるだろ。と、書いてからちょっと・・・

カテゴリ: 政治も    フォルダ: 政治・経済

コメント(20)  |  トラックバック(0)

選挙結果について

2010/07/12 21:09

 

まず、党員としてみんなの党の躍進について、投票ありがとうございます。

選挙戦終盤になってアジェンダが大量に配れまして、「もしかしたら10人当選するかも」と思っていたら本当にそうなりました。比例区で790万票獲得でき、公明党の組織票にも勝ちました。今後、組織型選挙が通用しなくなるよう、投票率が上がることを祈っています。

 

さて、私もみんなの党の比例区で立候補した山田太郎氏を国政の場に送り出すべく、選挙運動に加わっていましたが、落選。議席数は嬉しいものの、実際に運動し、個人名で投票をしての落選なので、複雑な心境です。主張の重なる所があり、また、みんなの党の政策立案にも関わっている人物なので、当選して欲しかった。山田太郎氏本人含めて、今回選挙に関わったメンバーと共に戦ってきました。非常に居心地が良かったですし、楽しかったのも事実です。また、選挙運動してから大学に行くなんて事までしたので、尚更残念です。ま、2限からの日に選挙運動してから大学行く羽目になったのは、頼られると悪い気しないのでつい承諾してしまう自分の性格に問題があるんですが(笑)

 

今回、予想外だったのは自民の議席数です。ここまで一人区で自民が勝つとは思っていなかったので驚いています。一票の格差って、怖いんですねぇ・・・

 

さて、10人当選したので、法案の提出や党首討論が可能となります。これからどこまで戦えるか。政策論争で存在感を示していって欲しいですね。

 

選挙に集中していて、レポートと試験が少々危ないことになっているので、今日はこの辺で。

カテゴリ: 政治も    フォルダ: 政治・経済

コメント(0)  |  トラックバック(0)

安全保障について

2010/06/01 22:13

 

普天間の件で海兵隊が問題になっていましたが、一応形にはなったようです。海兵隊は国内に配備されている必要もありませんし、首相は何を勉強して必要だと思ったのか。私にはさっぱり分かりません。何の本を読んだのか教えて欲しいです。

また、社民党が今回の件で連立からも離脱しましたが、こういった行動は好感が持てますね。支持はしませんが、こうした真っ直ぐな姿勢は好きですね。

 

それは兎も角、先述の通り「国内に海兵隊が配備されている必要はない」というのが持論ですが、その理由について書きます。

 

1,海兵隊よりも航空兵力を配備すべき

2,国家間の関係は軍事力だけでは語れないこと

 

以上2点です。

 

1は単純に限られた予算の中でどの部隊をどこに配備するかと言うことを考えた時に、海兵隊を国外へ移転させ、その上で航空兵力を増強させた方が費用対効果は高いんじゃないか?と言うことです。所謂思いやり予算は、昔に比べれば減っているようですが、それでも払っている以上は「どの部隊が配置されているか」というのは考えないといけないのかな、と。海兵隊はこちらから攻撃する部隊ではありますが、パトリオットや航空機のように防御に使えるわけではありませんしね。

 

2は安全保障の観点からしても海兵隊は必要ないのでは?と言うことです。抑止力というものがありますが、これは軍事力だけではありません。経済的な繋がりというものも十分、抑止力として考えられると思っています。他国にとって、我が国が市場として有益であるならば、簡単に宣戦布告などできやしません。戦争となれば、民間の輸出先が減じ、外需が減少するので経済的にはマイナスです。また、戦争その物もコストがかかり、さらには拡大再生産ができないので、外需を内需と化そうと目論む必要もありません。

経済というものが国防の一要素として考えられるならば、軍事力の負っている役割は相対的に低下します。とすると、当然ですが海兵隊が抑止力として果たしている役割も同様に低下します。「絶対にいなければならない」というものでもないと思っています。

 

軍事力単体で考えられる程、対外政策とは単純なものではない様な気がしてます。抑止力とは多元的であるべきだからこそ、経済的な繋がりや他の要素もあって然るべきです。

中国を例としてみますが、彼らは改革・解放によって経済成長を実現しています。輸出先として我が国が現に存在しており、市場として活用できている以上、簡単に宣戦布告するという決断はできません。国内で生産した商品は内需だけでは消費し切れませんから。どうでも良いことですが、中国が宣戦布告できないって言うのは高校時代からの持論です(笑)

 

また、経済的な繋がりを強化するためには、規制緩和によって外資の参入を促せばいいわけです。と言うわけで、いつもの小さな政府実現って話にまで繋がってしまうということに(笑)

 

久々の更新だったわけですが、皆さんはどうお考えでしょうか?

カテゴリ: 政治も    フォルダ: 政治・経済

コメント(0)  |  トラックバック(0)

時代の変化

2010/04/14 23:48

 

増税を考える人はどういった人なんでしょうか?私は時代の変化に対応できない人だと思っています。

今回は経済成長と経済政策の関係について歴史から見ていきたいと思います。

 

まず、明治期ですが、税金を投入する形での経済成長を実現していました。これはそもそも、近代的な「産業」が国内にほとんど存在しなかった事が大きな要因だったと思っています。先進国と比べると、経済の伸びしろが非常に大きかったんでしょう。

では、実際にどういった形で行われたのでしょうか。海外からの輸入をできる限り制限し、国内産業を保護する中で成長を促そうとしました。所謂上からの近代化です。地租と紙幣の発行によって財源を確保し、それを産業資本に重点配分していました。また、農商務省の設置により、民間資本が形成されたことも大きな役割を果たしたと思っています。更に、海外からの技術移転もあり、産業革命が起きます。最初は紡績のような軽工業、次に重工業という形です。近代化とは植民地化されるかもしれないという恐怖の裏返しだったと思っていますが、それでも段階をふまないといけなかったって事でしょうか。

 

このように、産業振興政策(と言っても良いかな?)によって成長は実現できました。

 

時代が降って恐慌が起きましたが、事態に対処しようとした人物としては高橋是清が有名でしょうか。日本のケインズ。

近代化しても、工業力、技術力といった面では西洋列強に遠く及ばないという状態だったので、この時期では税金投入しても効果はあったと思っています。また、戦後も税金投入してますが、私はこの時点でも、効果はあったと思っています。

 

ドイツのアウトバーンや先述の日本の例を考えると、景気対策として税金を投入するというのは、単に「税金投入による経済成長」を「不況時に行ったから景気対策に見えるだけ」なのではないか、と最近思うようになっています。実際、失われた十年と言われていますが、公共投資によって景気は回復しませんでした。また、列強(先進国)の一員たるアメリカ行われたニューデール政策もあまり効果はなかったと言われています。

 

経済発展段階説みたいになりますが、日本経済も新たな局面を迎えたということではないかと見ています。先進国の仲間入りを果たしたからこそ、税金を投入して近代化を推し進め、追いつこうとしていた頃の方法が通用しなくなったと。

 

これって誇りに思えることで、未だに増税→税金投入っていうのはある意味自虐だと思うんですけどねぇ・・・

 

皆さんは、どうお考えでしょうか?

カテゴリ: 政治も    フォルダ: 政治・経済

コメント(16)  |  トラックバック(0)

渋谷での自民党の演説を聞いて

2010/04/08 00:57

 

皆様、お久しぶりです。

題名の通り、自民党が渋谷で行った演説について。

今日(既に昨日ですが)5時から6時過ぎまで行われたものですが、私が現地に到着したのが5時50分頃。終わりの方だけ聞いたって形ですが、感想を書きたいと思います。

 

内容は取るに足りない民主党批判が目立ちます。「大きな大きな予算を組んだ」という言葉が耳に残っていますが、自分のことを棚に上げた批判ですね。地方に税金を投入する公共投資を行ったのは自民党ですし、麻生内閣で組まれた予算も当時としては類を見ない大規模なものでした。(今は民主党が更に大きな予算を組んでいますが・・・)今まで国債を発行してきたのは一時期を除いて自民党政権で、GDPの1.7倍の国債を積み上げたのも自民党政権です。「そんなこと言ってるから支持率が上がらない」と思いましたね。

 

また、最後に安倍晋三の演説がありましたが、これも民主党批判がほとんどでした。「民主党政権が一日続けば、一日長く国益が損なわれる」と外交に関して批判していました。他に何か政策と言うか、主張していたものとしては、「誇りある日本を作る」と一言。理念というか、抽象的なことだけ。具体的な国家像や政策については触れずに演説は終わりました。

 

以前も書いたことですが、改革を支持する国民の声というのは確かにあります。にもかかわらず、世論を無視し、田中角栄時代の税金を投入する方式に戻りました。負けて当然です。そして、未だに敗戦の教訓を生かせずにいます。次の選挙で政権奪取できるはずがありません。

 

今回、新たに思ったことですが、批判ばかりして自分たちの掲げる政策というものが表に出てこない面があります。これもまた、支持率が回復しない要因の一つに思えます。安倍晋三の演説も、我が国の進むべき道を示したものではなく、ただ、「誇りある日本」と言うだけ。具体的な姿について触れられてはいません。これで支持しろっていう方が無理があるんじゃないか。そんな気さえします。

 

「政策の選択=政党の選択」。以前から書いてきた、私が思い浮かべる選挙の姿です。が、実現は、まだまだ遠そうです。

カテゴリ: 政治も    フォルダ: 政治・経済

コメント(2)  |  トラックバック(0)

公開会社法について

2010/01/06 16:46

 

RSSに登録してある池田信夫先生のブログで「公開会社法」の話が出ていました。
ツイッターで話題になっているようですが、あいにくアカウントを持っていないのでこちらで書いておきます。

 

小泉内閣の頃に、「企業は誰の物か」という論争のようなものがあったと記憶しています。答えは「社員のもの」ですが、これは二通りの意味で読みとれます。一つは「従業員のもの」であり、もう一つは「株主のもの」です。法的には社員=株主で、所謂会社員は従業員です。故に、後者の意味で解釈すると正解になります。

 

バーリー・ミーンズの「所有と経営の分離」という言葉もありますが、経営者が考えなければならないことは「企業価値を如何に高めるか」ということです。当然ですが、株価も高くなるようにしなければなりません。この辺りを無視して、労働者の権利を保護するということになれば、社会主義的だといわざるを得ません。

 

民主党の経済政策は、以前も書きましたがケインズ理論です。また、彼らの成長戦略ではマクロ経済「運営」となっています。デカルト→ルソーの流れを引き継いだ某思想を思い起こしますが、新年早々、不愉快にさせるなと。

 

これ書いている間に頭痛がしまして、体温計ったら微熱あり。
というわけで、このくらいで。

カテゴリ: 政治も    フォルダ: 政治・経済

コメント(0)  |  トラックバック(0)

年明けですが・・・

2010/01/02 02:11

 

新年あけましておめでとうございます。

本年も宜しくお願いを申し上げます。

 

三が日、神社巡りの予定なので更新の方は難しいと思います。

滑り出しとしてはイマイチではありますが、今後とも、お付き合いをお願いしたいと思っています。

 

それでは。

カテゴリ: 政治も    フォルダ: 指定なし

コメント(0)  |  トラックバック(0)