前回、18世紀段階での経済の発展に対応した政治のあり方について二つに分けてみましたが、英米系の方の流れを書いていこうと思います。
それまで思想の世界では経済活動に対して否定的な議論がされていましたが、18世紀に入ると市場経済の発展が顕著なため、人々の経済活動(=私的利益の追求)に対応した議論がなされました。マンデヴィルが『蜂の寓話――私悪すなわち公益』で人々の私的な利益を追求する行動が結果として一つの形に纏まっていき社会全体の利益になっていると主張し、その流れに乗っかって古典的自由主義が登場します。
さて、マンデヴィルに続く形で哲学者ヒュームの主張が出てきます。ヒュームは、理性が不完全であるという立場をとりますが、人は自分の利益になるから社会のルールに従うと分析してます。収入があって普通に生活できていれば、社会契約を結ばなくてもその体制を支持する形です。ここで言うルールとは、言葉や慣習、文化といった歴史の中で形成されたもので、「日本で育って周りが日本語で話してるので、自然と日本語が身に付いて普段から使ってる」といった社会の中で生きる人間を前提にしています。この流れでバークはヒュームの影響を受け、歴史的に形成された具体的な権利があるとしています。
ただ、ヒュームの「収入があって生活できていれば体制を肯定する」は市場経済において格差が拡大する中で、貧しい人(=損してる人)がなぜその体制を肯定できるのか問題があり、マルクスはプロレタリアートは搾取されていて貧しい状態で革命を起こすとしています。しかし、英米の場合はスミスが登場します。スミスは格差は拡大しても、社会全体で所得が増え、それは貧しい人でも同様である(=自分の利益になってる)からその社会体制の中で生活することを肯定できるとしています。そして、その為の政治のあり方として、「小さな政府」「市場経済の尊重」が必要であり、故に「自由放任主義」といわれます。しかし、国防や教育といったものは政府の役割として認めています。後、経済発展を支えるインフラ整備。自由放任といわれますが、介入も認めてます。民間で出来ないような道路の整備ですね。それから司法権も。
以上、マディソンまでの流れになります。時間が凄いことになっているのもありますが、前回話の入り口として名前を出しているので、次回まるまる一回を使って書こうと思います


by 天津風
時代の変化